府立槻の木高校(高槻市城内町)の中庭で忘れられたままの存在になっていた、
高槻城本丸石垣の石7個が、このほど同校校門そばの展示場に移設され、
多くの人が見学出来るようになりました。
石は、それまで中庭でバラバラに置かれていたのですが、
今回の移設で本物の石垣のように整然と配置されました。
これは、市民の皆さんにお城について広く知って貰おうというのが狙いで、
生徒達と地域住民らが協力してこの展示場を完成することができたのです。
高槻城は、戦国時代にキリシタン大名の高山右近らが城主を務めたことで知られていますが、同校の敷地内に江戸時代の本丸が立地していたとされています。
S.50年、前身の府立島上高校で約90個の石垣の石が出土しました。
その後、それらの殆どは埋め戻されましたが、7個は市教委が教材にするため残し、
石は中庭で保管されていたのです。
当初は教育用に活かされていたと推察されるものの、次第に忘れられるようになり、
その内に何故置かれているかも分からなくなってしまいました。
そうした中、職員が島上高校の歴史を記した冊子の中に、石垣についての記述を発見しました!!!
これがきっかけとなり、同校で歴史や地理を学ぶ地歴部員達が、今年1月から展示場建設の準備を始めました。
城の歴史を学ぶなどして作業を進め、8月30日にオープニング・セレモニーが行われました。
元々、7個の石は中庭に無造作に置かれていましたが、
展示場では本物の石垣をイメージして積み重ねられています。
同校地歴部の部員は「沢山の人に協力して貰った結果、やっと完成できました!多くの人に是非見に来て欲しいです!」と話しています。
[画像・引用:https://www.sankei.com/west/news/190911/wst1909110018-n1.html 2019/9/13アクセス]
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